陽が暮れ、最終下校時間のチャイムが時を告げると廊下からはぶどうが丘高校に通う生徒達の慌ただしい帰宅の足音が響き出した
例に漏れずわたし――も図書室と職員室を経由し下校のチャイムで慌てて帰宅するところであった。危ない、このままでは叔父の露伴に帰宅が遅いと怒られてしまう。わたしがばたばたと下駄箱へ急ぐとふいに後ろからよく知った誰かの声がした
「よォ、ちゃん」
「ひゃあ!?」
「なんだよォーそんなに驚かなくてもいいじゃねェかよォー」
わたしが振り向くとそこにはお世辞でも優等生とは言えない、典型的な不良のイメージを脳内からそのまま写したような男子生徒――東方仗助がいた
自分で言うのもなんなのだが、上から下まできっちり校則を守り通している私と、制服を着崩し自慢のリーゼントヘアーを伸ばした仗助くんとは見た目からして――そして中身すらも正反対なのだ。
そんなわけだというのに世の中には実に奇妙な縁というものがあるらしく私達は昼食をたまに共にする仲でなのである。しかしまさか大抵誰かが傍におり自らとは違って人気者である東方仗助にこんなところで出会い、更に声まで掛けられるとは思わず驚いた
普段わたしが話している間にもよく声をかけられているあたり彼の交友関係の広さが伺える
「あれっ珍しいね、こんな所で会うなんて」
「そりゃ偶然じゃねェよォーちゃんを待ってたんだからよォ
教室にも図書室にもいねェのに下駄箱には靴残ってたからよォ、ここで待ってりゃあ絶対ちゃんに会えるだろうからここにいたっつーコトだぜ」
「そうなの!わざわざ待たせちゃってごめんね」
彼はそんな待ってねーから心配すんなよォ、と返した
アメリカ人とのクウォーター(本人曰く正確にいえばイギリス系アメリカ人らしい)の彼はその血を受け継いでなのか背は高く顔立ちもいわゆる眉目秀麗というやつだ。いってしまえば、もてもてのいけめんなのである
つまり先ほどの見方によってはストーカーとも取れてしまうような発言も彼の口から出ればさらりとした口説き文句となるのだ。まったく、見た目が麗しいというのも罪なものだと思う
そしてわたしが靴を履き終えると仗助くんはまあ歩こうかァ、と促した
わたしは先程から思っていた疑問を投げかける
「ところで、待ってたって事は何か用事があったの?」
「あー、これ。ほらよ」
仗助くんの手元からはピンク色をしたなにかが宙へ放り出され、投げ出されたそれはくしゃりと音を立ててわたしの手元へ華麗に収まる。驚いて彼を見つめると彼は包み紙はお袋の趣味だから勘違いすんなよォー、と照れながら付け加えていた
受け取ったピンク色の包装をまじまじと見ると小さい花柄が用紙の中に可愛らしく咲いていて確かに男性よりも女性が好みそうな柄である
「これは?」
「あー、ちゃんには世話になってるし……その……えーと……だァーッ!いいからもらって下さい!」
戸惑うわたしの姿がじれったいのか彼が真っ赤になって包みを手の上へぐっと押し付けた
「えっいいの?でも有難う、仗助くん。 早速開けてみてもいい?」
「おぅ」
わたしが尋ねると仗助くんはそっぽを向いて間の抜けた返事を返した
早速、包装紙を破かぬよう丁寧にピリピリとテープを剥がすと中にはピンク色の、まるで綿雲の糸を編んだかのように柔らかく丁寧に織り込まれたマフラーが顔を出す。先端に大きなリボンのモチーフがついたなんとも可愛らしいものだ。わたしは一目でそのかわいらしさに恋に落ち、思わず頬が緩んだ
「あー、女の子が好きそうなものってあんま分かんねェからよォ、康一を通して由花子に聞いてみたんだ。そしたらこの時期はマフラーがいいんじゃないか、って事になってそれで……」
「ありがとう!凄く……凄く嬉しい」
わたしは思わず仗助くんの説明を遮ってしまう程につい熱くなった
彼はおう、とだけ返事をしてわたしの手元からマフラーをさっと奪うと後ろから優しくふんわりとマフラーをつけてくれる。後ろから伸びた手から仗助くんの甘いライムミント系の香水の香りがした。こういう時に仗助くんは優しいなと思ってしまってつい愛しく思ってしまう。そしてそれに彼は気づいていない。そんなところがまたずるいのだ
もらったマフラーを早速仗助くんの手によって身に付けられ終わると再びゆっくり歩き出した
「こないだ露伴にも君はマフラーの1つくらい買うこともしないのか!って言われたの」
「へェ、露伴がかァ。でも今日これ見せたら」
いたずらっ子のようにシシシと笑う仗助くんの姿を見るとわたしもつい頬が緩んでしまう
そしてふと知り合いの話をしたのを皮切りに今日起きた事や互いの友達の話、昨日やっていたテレビのバラエティ番組の話など年頃の高校生らしく、それでいて当たり障りの無い話をしていた
冬の夕暮れというのは短いもので空は徐々に朱色からマゼンタになってそして暗みを帯びていった。温度も日が落ちるにつれて下がっていき、腕のあたりなんかが深々と寒くなってくる。巻いてもらったマフラーのぬくもりが温かくて心にも染み渡っている気がした
私達がもうすぐで帰宅する、なんて頃には暁の夕暮れも満天の星空へとすっかり姿を変えていた
「星、すごく綺麗だね」
「そうだなァ」
わたしがふと空を覗くと仗助くんもそれにつられたのか一緒に空を覗き込む
砂時計の形の星座がオリオン座。悪い獅子を倒したのだけど、威張りすぎて蠍に刺されて監視役として蠍と一緒に星にされてしまう。だからオリオン座は獅子座の近くにあって、蠍座は全く逆の方向にいる。夜が明けるとオリオンは蠍からいそいそ逃げるのだ
「よく知ってるなぁ」
「うちの近くの天文台、入場料無料なんだよ。毎週行ってたらお姉さんのガイド覚えちゃった」
わたし達は再び空を見上げる。吐く息で目の前が時々白く染まった
ふいに仗助くんがなあ、と声を掛ける
「
ちゃん」
「なあに?」
「マフラーのお返しってもらえたり……しねェかな」
唐突な仗助くんのお願いだったが真剣な仗助くんの顔とその言葉とのギャップに耐え切れずつい吹き出してしまう
変わらず真剣な顔のままの仗助くんにお腹を抱えて笑いつつわたしはいいよと答えた
「あはは、いるならなにがいい?」
「デート……っつーか、さっきの天文台連れてって欲しいなァってよォー」
「えっ本当にそれだけでいいの?」
「もちろん」
仗助くんは満足気に言う。が、のちに少し考え込み何か思い出した様に「あ、もう1個ある……な」と口にした
「なあに?私に用意できるかな?」
彼が黙りこくると互いの間に暫くの静寂が広がり、寒さが再び染みこんでわたしはぶるりと体を震わせる
「やっぱりいい。でも自分で言っておいてアレだけどよォ、こういうのこっ恥ずかしいなァ」
「あはは、でも仗助くんならどんなデートでも楽しそうだね」
「そういうの自信はねェけどよォー、頑張るぜ
あ、でもちゃんとだけに決まってっかンなァー!」
わたしのことばに仗助くんは惚気けて返してくれる
***
「また明日」
笑い合いながら自宅の前でお別れするときの彼の眼の中には映り込んだわたしの残像が光っては揺れていた
君と僕にも夜は降る
「――オレのものになればいいのに、なんて言えねえッスよ」
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4部夢企画 I want you 提出
お題:オレのものになればいいのに